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本日は、月例行事護摩供でした。 今日は、東京からお参りに来て下さった方もいらっしゃいました。 有難うございました。 本日も、皆様の家内安全を、住職により祈願していただきました。いつものように、天井近くまで炎が上がってましたので、仏様は皆様の願いを聞いて下さったと思います。 法要後、住職より『祈りと感謝』という法話をいただきました。 真言やお経を読む人は沢山いるけれど、感謝をしている人はどれくらいいるだろうか。 頭で、有難いと思う人は沢山いるだろう、でも、心から手を合わせて合掌をして、日々生かされ、護って頂いていることに有難いと仏さまに感謝をしている人がどれくらいいるだろうか? 自分の願いが叶った、思い通りになったから有難いではなく、日々生かされていることに感謝をしていく。朝、目が覚めて一日を送らせて頂けることに感謝、この体を保たせていただく為に食べれることに感謝、元気に働かせて頂けることに感謝‥‥ そういう、日常のことに、生かされていることに、護って頂いていることに心から合掌をして仏さまに感謝している人がどれくらいいるだろうか‥ また、この私を支えてくれている周りの人、身近な家族であったり、親、兄弟であったり、友人であったり、近所の人であったり、会社の人であったり‥‥感謝しているだろうか?有難うと合掌をしているだろうか? という法話をいただきました。 先日、双林寺のHPで、「おかげ」について皆さんが書かれているのを見ました。 皆さん、すごいですね〜!!私も、勉強になります。 とても、興味があり「おかげ」という言葉について、大辞林で調べてみました。 ”神仏や他人からうけた恩恵・助け” そして、その横に「おかげさま」とあり ”相手または世間一般に対する漠然とした感謝の気持ちをあらわす”とありました。 また、蔭を調べましたら、”恩恵を与えること、またその人”とありました。 今日の、住職の法話を聞いて、日々恩恵を与えてくださる仏様に感謝、また支えてくれる周りの人に感謝、その謙虚な気持ち、祈りが大切なんだと思いました。 仏さまは、常に私達のそばにいて下さり、お力を下さっている。皆は、自分中心の心になるから、願いが叶ったとか、叶わなかったとかということにとらわれてしまう。でも、仏さまの慈悲・恩恵はそんなものではない。もっと、大きくて広いもの。日々、私達が気付かない小さな事にも、仏さまの慈悲と恩恵はあるんだ。仏様のお陰で、日々生かされ護られているんだ。と住職はいつも話してくれます。 雨雲があったとしても、その雨雲の上は青空が広がっているように、常に仏さまは、私達を照らして下さっているんだと思います。 ひょっとしたら、雨雲で仏さまの恩恵を遮っているのは、私達の心かもしれない。 そんな時は、日々生かされている感謝を忘れてないだろうかと、自分さえ良ければという心になっていないだろうか‥謙虚に自分自身を見返って見るのもいいのかなぁ‥ なんて、本日の住職の法話を聞きながら思っていた私です。 |
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